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Chillington Tool ARPAX Hand Axe

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

チリントン・ツール

Chillington Tool

1822年、製鉄会社として英国イングランド中部ウェスト・ミッドランズ州の都市であるウルヴァーハンプトンに設立されたChillington Iron Works(チリントン・アイアン・ワークス)社は、 最盛期には4つの高炉の稼働によって1週間に約80トンの鉄を生産し、製鉄事業で一時成功を収めた。 1870年代、景気後退による鉄の需要低下により経営難となったことで、同社は製鉄事業から撤退し、新事業として金属加工技術を生かした馬蹄の生産事業に取り組んだ。 しかし、馬蹄の生産には職人の手加工による熟練技術が要求され、生産性の面で困難を極めたことから、当時世界的に需要の増していた鍬(くわ)などの軽量工具の製造に専念することを決定した。 その後、同社は世界最大の鍬製造メーカーを目指し、ワニの意匠が特徴的な自社ブランド“CROCODILE(クロコダイル)”を冠した斧、フォーク、シャベル、スペードなどの軽量工具を世界中に輸出した。 高品質な炭素鋼と製鉄技術を用いた同社の工具は、優れた耐久性と信頼性によって業界内でのブランド・ロイヤルティを確固たるものにした。 1892年、さらなる事業拡大に伴い同社は、社名をChillington Tool社に改名、 1920年代には最新の鍛造設備を設けた大規模な工場を新設し、戦時中の特需も追い風となって事業規模を拡大した。 第2次世界大戦終結後、同社は複数の関連企業を傘下に設け、従来の軽量工具だけでなく、航空機やモーター、家電業界用の治具、プレス工具などを生産するため、 最新の高精度工作機械を備えた治具製造部門を新設し、世界最大規模の先端工具メーカーに成長した。 現在、同社は経営母体をRalph Martindale(ラルフ・マーティンデール)社に移し、本社も創業当時のウルヴァーハンプトンから同州内の町であるウィレンホールに移転している。 1世紀以上の歴史を誇る“Chillington Tool”の名は、同社の農業・園芸用工具の製造部門となり、高いブランド力を誇る“CROCODILE”シリーズも引き継がれている。

ARPAX ハンド・アックス

ARPAX Hand Axe

Chillington Tool(チリントン・ツール)社製ARPAXハンド・アックス。 ARPAXは1930年代後半に開発された片手で扱えるサイズの小型のハンド・アックス(ハチェット)で、刃体を含めて全体的なデザインは、北米インディアンの伝統的な手斧であるトマホーク系統のデザインを踏襲している。 製品名に冠された“ARP”は、1937年の英国において設立された民間防衛組織であるARP(Air Raid Precautions:空襲警戒)の頭文字だ。 ARPはボランティアの民間人によって構成され、戦時中の空襲警報の発令と避難誘導、爆撃によって生じた負傷者の救助、応急手当、消火活動などを主要任務としていた。 なお、ARPは組織拡大に伴い、1941年にCD(Civil Defence Service:民間防衛サービス)に改称し、 消防活動にあたるAFS(Auxiliary Fire Service:予備消防)と後身組織であるNFS(National Fire Service;国家消防)に所属する消防隊員をはじめ、延べ190万人を超える人々がCDの活動に参加し、その活動中に約2,400人が命を落としている。 戦時中、AFSやNFSの消防隊員は、ベルトに備えたレザー製のホルスターにARPAXを吊り下げ、人命救助・消火活動に活用した。 ARPAXの最大の特徴は、同社が特許を取得した硬質のラバー製グリップにある。 従来の伝統的な木製グリップに比べ、ラバー製グリップは耐火性能と耐久性能に優れており、さらに高い絶縁性によって2万ボルトまでの耐電性能を有していた。 これは爆撃後の倒壊家屋において救助活動を行う際、誤って通電中の電線を切断して感電する危険性を減らす目的がある。 後にARPAXハンド・アックスの改良型は、RAF(英国空軍)航空機のコックピットに積載され、機外脱出用のサバイバル・ツールとしても長年にわたって採用された。 さらに1970年代、英国陸軍所属特殊部隊のSAS(Special Air Service:特殊空挺部隊)に新設された対テロ特殊作戦を専門とするCRW(Counter Revolutionary Warfare:対革命戦)中隊において、 屋内突入時のエントリー・ツールとしてARPAXハンド・アックスが採用され、同部隊では木製グリップ型と本稿で紹介するラバー製グリップ型の2種類の運用が確認されている。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

1970年代、欧州の自由主義諸国を中心に吹き荒れた凶悪かつ残忍なテロリズムの数々は、これらに対処する治安維持組織に対革命戦(CRW)や対テロリズム(CT)という概念の重要性を痛感させた。 当時から政治的主張を伴うテロリストの常套手段の多くが、無辜の民間人を人質にした航空機のハイジャックや大使館をはじめとして政府要人を人質にした重要施設への籠城などの強硬策であった。 いずれも武力を用いて実力排除する場合、機内や屋内の極至近距離において軍用アサルト・ライフルやサブ・マシンガンなどの強力な武器で武装したテロリストを相手とした極めて特殊で危険な任務となり、 通常練度の部隊での対処は 不可能に近いものであった。 さらに排除すべき犯人のいる空間に人質という保護すべき対象が存在していることも考慮せねばならず、 閉所空間におけるCQB(Close Quarters Battle:近接戦闘)の重要性がテロリズムの横暴に苦慮する各国の治安維持組織に強く認識されていくこととなる。 このCQBを含む対テロ作戦の基本的手法を世界に先駆けて考案実践したのが、特殊作戦部隊の始祖であり世界最強の勇名を馳せるSASである。 第二次世界大戦中に設立されたSASは、戦後も主に自国の支配地における共産主義勢力やIRA(アイルランド共和国軍) を相手とした幾つもの対ゲリラ作戦に従事し、 その実戦経験に裏付けされた能力の高さを世界に誇示していた。 しかし、1970年代に入ると前述したように欧州をはじめとして世界各地でテロリズムが激化、 この世界的趨勢に対処するため、SASでは突入作戦などCQB専門の対革命戦任務を管轄するCRW中隊を創設した。 CRW中隊では対テロ作戦に伴うCQBテクニックなどの戦術研究は無論、CQB訓練に特化した演習施設である通称 “キリング・ハウス”を用いながら、 実戦を想定した人質救出作戦や移動射撃などの訓練を常日頃から精力的に行い卓抜した戦闘能力を維持している。 Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス また、練度の向上と同時に併設されたORU(Operations Research Unit:作戦調査班)では、 屋内への突入を伴うCQBに特化した個人装備としてIPPS(Integrated Personal Protection System:統合個人防護システム)を研究・開発している。 基本的な抗弾装具であるボディー・アーマーやバリスティック・ヘルメットは無論、 円滑な部隊行動を可能とする戦術通信システム、ガス・マスクやユニフォームなど、 対処任務に応じた効率的装備の充実 を図ったIPPSは、世界で最も進んだ対テロ部隊向けのCQB装備であった。 このほかORUでは、後々世界各国の特殊部隊の必須装備となる非致死性兵器スタン・グレネード(特殊音響閃光弾)など、対テロ作戦の基礎となる特殊装備を開発している。 その後、実際に1980年に発生した「駐英イラン大使館占拠事件」では人質をとった完全武装のテロリストに対して、 SASのCRW中隊が人質救出作戦(ニムロッド作戦)を実行し、全世界のマスコミが注目するなか見事に作戦を成功に導き、SASの対テロ 特殊部隊としての地位と信頼を確固たるものにした。 欧州各国ではドイツのGSG-9(旧国境警備隊第9部隊)やフランスのGIGN(国家憲兵隊治安介入部隊)をはじめとして、 1970年代にSASのCRW中隊と同様の性格を有する対テロ特殊部隊が相次いで創設され、CQB任務用の基本的な個人装備もSASに倣った体系となっている。 さらに、現在では最強の特殊部隊として頂点のひとつに挙げられる米国陸軍のデルタ・フォースも創設時からSASの訓練体系などを大きな模範としており、 CQB任務を含む対テロ作戦の先鞭を着けたSASが後に相次いで創設された各国の対テロ特殊部隊に与えた影響は非常に大きい。 SAS CRW中隊は、軍事組織に属する代表的な対テロ特殊部隊であり、米国の警察SWATチームにように人質の生命と被疑者の逮捕拘束を優先する警察特殊特殊部隊とは異なり、 基本的にはテロリストの殲滅(射殺)を至上命令として行動し、作戦成功のためには人質の多少の損害も止むを得ないと判断する場合が多い。 世界各国において対テロ特殊部隊が誕生した現代では、ハイジャックや人質籠城事件などの発生は大幅に減少し、優秀な対テロ特殊部隊の存在そのものが凶悪テロの実行犯に対する大きな抑止力となっていることは明白である。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲本体は全長約40cm、重量約1kgと片手で容易に扱えるサイズだ。スチール製の本体(刃体)は、ラバー製のグリップで覆われている。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲刃体を含めて全体的なデザインは、北米インディアンの伝統的な手斧であるトマホーク系統のデザインを踏襲している。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲刃体の長さは約6cm。最も厚い部分で約9mmの刃体厚を有する。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲刃体の後端はピッケル状に成形され、様々な用途に使用できる。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲刃体表面には製造メーカーである“CHILLINGTON”及び製品名である“ARPAX”の刻印が認められる。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲グリップ側面にモールドされた特許番号。ARPAXの特許は1938年6月に申請され、1939年12月に取得された。1939年以前の製造型には“PRO PAT 19242 - 38”、同年以降の製造型には本品と同じく“PATENT No.515767”の特許番号が与えられている。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲一方のグリップ側面には、ARPAXの最大の特徴である2万ボルトまでの耐電性能を示す一文がモールドされている。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲元来、ARPAXは英空軍において軍用航空機の機外脱出用のサバイバル・ツールとして古くから用いられてきたが、 1970年代にSASに新設された対テロ特殊作戦を専門とするCRW中隊では、その軽便さと多用途性に着目してCQB作戦専用に開発されたクイック・リアクション・ベストの一部に収納機能を設け、エントリー・ツールのひとつとしてARPAXを採用した。 この種の小型軽量なハンド・アックス(ハチェット)は、非爆発性物質の破壊・障害物除去・扉や窓の破壊開閉・ロープの切断などのほか、 非常時にはコンバット・ナイフの代用としてCQC向けの武器としても応用できることから、戦術的汎用性に優れている。

Chillington Tool ARPAX ハンド・アックス

▲ARPAXの基本設計は第2次世界大戦当時にまで遡るが、“工具”としての利便性の高さや絶縁加工による安全性など、 現行のタクティカル・ギア・メーカーが供給しているエントリー・ツールと比較しても基本性能に遜色はなく、現代の特殊作戦でも十分に運用が可能だ。